外垵ダミー砲
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外垵西方の高台「西埔頂」に位置し、日本統治時代に建造されたものが今もなお残されています。大正9年(1920年)の「澎湖島要塞建設要領書」によれば、当初は馬公要港の西側及び南側海上からの敵の侵犯を防ぐ目的により、外垵社に砲台を設置する予定でした。砲塔形式35センチのカノン砲2門と砲弾200発の設置を計画しており、当時としては大型の沿岸砲でした。1921年の着工後、アメリカ、イギリス、日本、フランス、イタリアの五大国は、軍拡競争の抑制を目的とした「ワシントン海軍軍縮条約(The Washington Naval Treaty)」を1922年に締結し、この条約により新たな要塞の増設及び沿岸防衛工事が制限されたため、外垵社への砲台設置は取り消しとなりました。しかし、1923年に日本の陸軍省は、本来の場所に偽砲台を建設すること、及びその周辺を要塞地帯に指定することを陸軍築城部に命じました。その意図は、条約による制限の前に完了した要塞であることを外部に誤認させ、時期を見計らい、偽砲台を本物の砲台に取り替えるというものでした。しかし、各国の航空戦力が急速に発展するにつれ、空襲の影響を受けやすい固定式砲塔は時代遅れの建造物となり、澎湖諸島の沿岸砲はその後、移動式砲台への設置に変更されました。そのため、この場所の偽砲台は「本物」になることはなく、第二次世界大戦期間中においても、米軍の優先的な空襲目標とはなりませんでした。偶然の重なりにより今日まで保存され、澎湖の戦争史を証言する象徴の一つとなりました。
【おすすめの滞在時間】 0.5時間
データ出典:澎湖トラベル
【おすすめの滞在時間】 0.5時間
データ出典:澎湖トラベル
訪問情報:見学無料
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馬公発,県道203号線を西嶼郷方面に進み、次に郷道澎8号線を進んでから、郷道澎6号線を進みます。車で約1時間です。
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